△7八老鼠(ろうそ)

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「……手間が省けるのはこちらには有難いが、本当に、将棋(コレ)で勝負を決めてもいいのかね? いやしくも私は……自分で言うのも何だが、この分野では万人に第一人者と認められている者だぞ?」  余裕ヅラを取り戻した第一声がそれか。僕の覚悟は充分伝わったのだろう。そして、そのあと為される事も。その上で、この勝負を自分の楽勝と思っていやがる。  だが、そうでなければだ。そうでなければコイツの心の芯までを折り殺すことは出来やしない。  後はダメ押しだ。こいつを追い込むところまで追い込んで、完膚なきまで、すり潰し殺す。そのためには……この、「思考の奇襲戦法」しか無い。  僕は、先女郷(サキオナゴウ)の発言を無視するかのように構わず、自陣の左香をつまみ上げると、ふんと背後に向けて投げ放った。 「……!?」  立ち込める不穏な空気。再び顔を歪めた先女郷に、僕は決然と言い放つ。 「……九冠に、香車を引いて勝つ」  瞬間、先女郷の広い額に血管が浮かぶのが見て取れた。表情の抜け落ちた顔の中で、目だけが虚ろに、それでいて獰猛に光っている。しばらくして、押し殺した声が響き渡ってくる。 「……正気か? 貴様の生命を、ひいてはこの世界の人間共の運命も託す対局ということを、理解しているのか?」  理解はしているさ。こうまでやられたら、流石のお前も正気ではいられないだろ?   ……そして、その上で詰みまで追い込まれたのなら、真の「投了」を、認めざるを得ないはずだ。
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