△7八老鼠(ろうそ)

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「……盤上ここにある駒で、対局を申し込む。持ち時間は『六十分切れ負け』。承諾してくれるのなら、その対局時計を押してくれ」  僕の落ち着き払った声に、一瞬、気圧されたかのように見えた先女郷だが、メンタルで優位に立とうと考えたのだろう、殊更に余裕な笑みを浮かべると、こちらを挑発するかのような顔貌で、現出した青い対局時計のボタンを押し込む。 「……貴様の棋力など、たかが知れている。痴れ者め。じわじわと嬲り殺しにしてやろう」  こいつのメンタルもありがちで噴飯ものだが、僕は自分の気持ちを揺らすことなく、言い放つ。 「僕は……独りじゃあない。全世界の人たちの『次の一手』を集約して、貴様に挑む。いわばこれは『二次元人』と『地球人』の……代理戦争だ」  そう、いまこの瞬間、僕の意識は、この世界の将棋を指す人々全員のそれと繋がっていた。  全ての将棋人の意見をまとめて、多数決を以て、次の着手を行う。  つまり地球の命運は、地球に存在する全ての将棋指しに託されたわけで。  指し手の代理人である僕は凪いだテンションのまま、実に92%の支持を得た初手「3四歩」を着手し、相手の出方を待つ。
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