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「あ、負けました」
消え入るような声で、そう告げる。
瞬間、鳩尾の辺りに締め付けられるような、不快な熱を持った、敗北を認めたとき特有の嫌な感覚がじんわり上ってきた。
いつものことだ。いつものことだから、もう慣れてくれてもいいはずなのに。
僕は意味も無く上空のたなびく雲に視線をやったりする。桜もすっかり緑化してしまったので、この昼下がりの公園にはあまり人影はない。穏やかな風が木々の間をすり抜けて心地よさを僕らのところまで運んで来てくれているけれど、僕の心の底は澱んだままだ。
ぎこちない動きでパッドを閉じようとすると、目の前に端末が突き出される。
「おつかれ~、指置いてくれ~」
さっきまで、普段のちゃらけた空気を押し込めるかのように真剣に盤面に向かっていた相手は、今また弛緩した雰囲気を出し始めた。長い髪に指をやって片膝を立てると、何かひと作業をこなしました感で、もう僕には興味を失くしたかのような素振りだ。
賭け事は校則で当たり前だけど禁じられているものの、実際取り締まれているかというと、ほぼ無法地帯に思える。
去年の年末くらいから流行り始めた、この「真剣」と呼ばれている対局アプリを使用した賭け将棋も、こと「将棋」だから見逃されているのではないか? と勘ぐってしまうほど、構内のあちこちでもほぼ公然と行われているわけで。
差し出された相手のスマホに指紋を認証させる。これで相手の口座に僕のから「5000円」が振り込まれたことだろう。やることが済んだのか、長髪は違う画面に戻しつつ立ち上がると、僕の方にはもう目もくれずに気怠げに歩み去っていく。残された僕は何というか、無表情と半笑いの中間のような、妙な顔つきで座り込んでいるしかなかった。
(やっちまった……やっちまったとしか)
言えない。「勝ったら『5000ポイント』だぜ~? やってみない手はないっつの。一気に『二階級特進』して『五級』になれるチャンス逃すのかよ~鵜飼ちゃん、ちったあ手ぇ抜いてやるから、な?」という甘言にまんまと釣られ、喋ったこともない別のクラスのチャラ男と「真剣」をしてしまった。
結果、5000円という、僕にとっては少なくない額を巻き上げられてしまったのだけれど、そんなの罠と気付けよ、というか、相手が段位者とは言え、六枚落ちで負ける僕も僕だ。
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