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僕の残り時間はあと7分を切っている。先女郷は9分ちょい。
つたない僕の棋力を総動員して何とか出した答えも、上手(つまり僕ら)の一手負け、という結果だった。最早僕の頭の中にも、「次の一手」は流れ込んで来なくなっていた。
「……なかなかに面白い対局だったよ。この私が、すんでのところまで追い込まれた。極限の鍔迫り合い……素晴らしい棋譜が紡がれるのはいつだって私の無上の喜びだ。この余韻に浸りながら、君らの世界を滅ぼすこととしよう。いささか……寂しい気もするがね」
饒舌になったな、急に。お前は確かに強い。だが、それでも。
「……」
自玉はあと一手で詰みだが、それを顧みず、僕は相手の中段玉に王手をかける。▲5四金。
「おいおい、最後まで指し切って終わろうってことかい? この素晴らしい棋譜を汚すような真似は御免こうむりたいところだが、もしやそれが君の最後の悪あがきか? それともいやがらせ? 残念だね。だが、自分から負けはおいそれと認められないか。いいだろう、頭金まで付き合ってやる」
もう終わった気になっているのか。そうか……そうだな。お前は確かに「本将棋」では最強だよ。
△5二玉。下段に落とした格好だが、僕にもう歩以外の持ち駒は無い。桂の利きもある5三に金を進めても王手はかかるが、△5一玉と引かれ、それ以上王手は掛からない。▲5二歩は打ち歩詰めの禁じ手。
<モリ……くん>
万策尽きた、みたいな、沖島の声が脳内に響いてくるが。
<と……金>
そして掠れているけど確かにその声はミロカさん……意識が戻ったのか。良かった、本当に。
<……>
ナヤさんも、フウカさんも、僕の背後で無言で見守ってくれているようかのように、その存在を身近に感じるよ。
最後まで、見守ってくれ。あ、センパイも。
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