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知ってる佇まいだった。ぱさぱさの長くも短くもない黒髪。ガリガリだけど上背は182の僕と大して変わらないくらいある。僕の……小さい頃からのご近所だ。
知らん振りで走って通り過ぎるか、駅まで後ろに張り付いて顔を合わせるのを避けようか迷ったが、昨日寄ってたかってさんざんに凌辱された僕の日常感を取り戻すためにも、少しはまともな人種と言葉を交わしておこうと思って、その背中に声を掛けた。
「お、沖島っ、今日は対局ねーのか」
しかし声は上擦る。年頃男女の幼馴染なんてそんなもんかもだが、
「……モリくん、おはよう。学校には書類取りに行くだけ。会館で10時から棋聖があるから勉強に行くけど、余裕でしょ」
自然で余裕な態度で返されると、自分がとんでもなく卑小に思える。まあこの僕と似たり寄ったりの平凡な顔つきの眼鏡女子とは、棋力に関しては天地の差があるわけで、こいつは特別なんだと思うことで自分を納得させてみる。
沖島 未有三段。アマチュアの段位ではない。プロ養成機関であるところの奨励会の、そのまた最上位リーグで人生を賭けてのしのぎを削る、棋界最注目の成長株だ。
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