うかうかしていられないから

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 恭太が鞄を持って廊下に戻った、その間約十秒。たったそれだけの間に、山野真帆の顔は絶望に染まっていた。可愛そうだが、ちょっと面白いな、と嗜虐心を煽られる。 「ごめん、ちょっと、ハグしていい?」 「ぇ──」  返事を待たずに少女を抱き寄せる。  小さな身体だった。  力を込めれば粉々になってしまいそうな、そのまま乗っかれば押し潰してしまいそうな。 「お、重たい……」 「支えてくれよ」  しかし、安心した。いい匂いがした。  安心した。こんなにも小さいのに、何よりも頼りになった。  安心した。自分の余命の事を知って皆が気を遣う中、こんな事を言ってくれた人間は、初めてだった。  一拍遅れて叫び声指笛拍手喝采が巻き起こる。恭太は真帆の手を引き、そのどんちゃん騒ぎを掻き分けて進む。 「ど、何処行くの?」 「知らん。まぁーどっか、遊びに行こうぜ!」  途中、ほぼ新任のような若い担任に遭遇する。 「辛島君?これからホームルームだけど──」 「早退しまーす!」  辛島恭太は最近顔に貼り付けていた寂しげな笑顔でなく、久々に心の底から笑っているように見えた。 「そか。じゃ、また明日なー」
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