いざ森へ

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「とても楽しくて、癒やされた。何も求められないって、くすぐったいね。日がな一日のんびりしてても怒らないし、側に寄れば適当に撫でて、時々もの凄く構ってきて。でも、大事にはしてくれるんだ。そういう温かい場所、初めてだったんだ」 「チェルル」 「こんな風に側にいるとね、不器用な部分とか、欠けてる部分とか、寂しさとか伝わる。先生、自分の事嫌いなんだね。大好きなのは、ランバートばっかり。他は何にも頓着しないんだ。だから俺が、大事にしてあげたいんだ」 「……うん」  思えばあの兄の個人的な望みを、聞いた事がない。いつもランバートや、家族。自分の為にって、言わない。医者になったのもきっと、ランバートが関わってる。小さな頃に病弱だったハムレットを直したいから医者になると言った言葉を覚えていたのかもしれない。  裏世界を牛耳るようになったのも、ランバートに汚れ仕事をさせないため。技術を磨くのは、趣味と実益。  全部、他人だ。 「正直に言えば、お別れくらい言いたかったんだけどな」 「はぁ? 言えなかったのか」 「拒否られてさ。そのかわりこの首輪をくれたんだ、秘書の人が」 「あの兄……」  よりにもよって、別れを言わないとか。本当に何を考えてるんだよ、まったく!  でもチェルルは軽く笑った。ちょっとだけ寂しそうに。     
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