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「おい、あんた、居たならなんで、瀬川さんにこんなたくさんのお茶を運ばせたりしたんだ。年寄りをもう少しくらい労る優しさも今の若い子にはないのかい」
声を発したのは生徒さんの一人だった。けれども教室内はほとんどが、その生徒さんや瀬川と同年代が多い川柳教室だったせいもあろう、香苗の味方は一人もいなく、香苗はぐっと涙が溢れそうになるのを堪え、
「すみません……」
蚊の鳴くような声でそれだけ言うのが精一杯で、ロッカールームへと駆け込みほうきとちり取りを手に直ぐに戻らなければと気持ちは思ったものの、足がその場にすくんで動けない自分が居て。
香苗は一瞬だけ自分に涙を流すことを許すと、次にはぐっとその涙を拭い、きっと唇をキツく結び、雑巾で濡れた床を吹いた後で割れた茶碗の欠片を一頻り集めると、一礼してその教室を後にし、不燃ごみ置き場へと向かった先で、やはりもう一度涙を流さないではいられなかった。そして香苗はそこで決意した。もう辞めてやる、こんなとこ、と。
パートでも辞表は必要なのかな、なんにせよ店長に相談してからだろうなと思い、とりあえず次に店長とシフトが重なる日までは頑張って通った香苗だったが、なんとか店長と二人になれそうなタイミングを見計らい、
「あの、店長。相談があるんですが」
そう持ちかけた香苗だったが、
「そうそう、溝口さん!」
逆に店長に捕まった勢いで、先に話を始められてしまった。
「あのね、瀬川さんが今月一杯で辞めたいって言ってきたのよ。歳も歳だからこっちも引き留め難いから、そうですかってことで瀬川さんの退職についてはもう本部にも報告済みなんだけどね? けど、どうかしら。実質瀬川さんが居なくなって、シフトに人員補給、必要かしら?」
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