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その翌日。また瀬川と二人だけの時間枠があった。
けれども今日は電話一つなることなく、どの教室もまだ講習中とあって、受け付け業務も特に溜まっていず、麦茶ポットにも次の教室分には充分に足る量があった。となると特段すべきことない二人がそこに居たら、自然、言葉を交わさないではいられず。
香苗が店長から聞いた瀬川が辞めるという話にどう触れようかと考えていたのを、まるで見透かしたように瀬川が言った。
「店長さんからもう聞いてるかしら? 私ね、今月一杯でここを辞めさせてもらうことになったの。急で申し訳ないわね」
瀬川からの振りに、香苗は無難な言葉を選び、言った。
「腰の手術って、そんなに大変なんですか?」
「大変だって聞いてるわ。でも手術自体は難しくはないのよ。問題はその後のリハビリよね。でも私、杖付きでもいいから自分で歩けるまで回復したら、今度はここに生徒として通おうと思ってるの。だからそれを励みに頑張るわ」
瀬川の言葉に香苗はなんと言ったらいいのかわからない感情に取り込まれ、ただ瀬川を見詰め返すことしか出来なかった。すると。
「あの時は、ごめんなさいね。一度に運ぼうとした私が悪いのに、あなたが責められるはめになって。ちゃんと説明したかったんだけど、あのおじいちゃん、反論されると余計に剥きになるから。それが正論であればあるほど、引っ込みつかなくなってもっと酷いこと言いそうだったから、私もあなたを庇ってあげられなくて申し訳ないことをしたと思ったわ。本当にこんなおばあちゃんのためにごめんなさいね」
瀬川の謝罪に香苗は全く関係ないことを尋ねてしまった。
「瀬川さんは、ここで働かれて長いんですよね? どうしてそんなに続けてられたんですか?」
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