次元

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「もう嫌よ!!!」 ぴんっと空気が張り詰める音が聞こえる。その静寂に包まれた一瞬を突くように彼女が大声を上げた。昔は大嫌いだった彼女の耳を劈く金切り声も、今はまったく気にならない。不思議だ。何故これほどまでに何も感じないのだろう。何故これほどまでに何も感じられないのだろう。何とも思えないのだろう。 これは僕が可笑しいだけってことなんかとっくに分かってる。大泣きする彼女の為に出来ることなんかもう何もない事くらい、理解している。 「なんで!!!なんで貴方なの!?私じゃ駄目だったの!?どうして!!!ねぇ!!!」 「要。落ち着いて。」 「嫌だ…嫌だよ…こんなの、こんなの酷いじゃない…私は、何の為に力を、あなたを守ろうとしていたの…?」 どうやらもう宥めるだけで手が打てない。彼女を止めるのは、押し返すのには手遅れだということだ。久々に挫折のようなやんわりとした敗北感を味わい何だか切なくなる。僕はこの人に負けたのか。 「うぅ…ふぅぅ…ヴぁぁ…ああぁ…」 「…泣かないでよ。」 「…」 「君は、頑張ってくれていたじゃないか。今まで僕を必死に守ってくれていたんだろう?それだけで意味があるよ。僕には無駄だとは思わない。」 「…」 頭の中で懐かしい唄が流れ出す。 目の前に号泣する女性が居るというのに、こんなにも脳は冴え渡っていてやはり感情が死んでしまったというか、そんなことあり得ないと思うのだが現に僕は感性を失っている。 何時何処で聞いたかもよく思い出せない、それほどずっと遠くに置いてきてしまった記憶達。 僕が意図的に忘れたのか、それとも時間の経過が問題なのか。もしかしたら都合の悪い事と判断し彼女が消したのかもしれない。 それほど邪魔者なのだろうか、僕は。 彼女の人生に土足で侵入するほど愚かで無神経で、人間じゃなくなるほど誰からも忌嫌われる存在なのだろうか。 オルゴールの様な心地良い金属音に酔いしれる。幼い子供の頃に帰ったみたいだ。懐かしい気分。この感覚も嫌いではない。
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