セルフィッシュ

11/11
前へ
/13ページ
次へ
 飛田にどんな顔をして会えばいいのかわからない。彼は、知らぬ間に事が動きだしているのだと知らないのだ。  翌朝、重い足取りで学校へ向かうと飛田の姿は教室になかった。  クラスではわたしの万引きが話題となっていて、皆口々に『飛田が命じたらしい』『委員長、可哀想に』と話していた。  ここにいない飛田は、先生から事情を聞かれているのだろう。  わたしは追いつめているだけじゃないか。可哀相なのはわたしではない、飛田なのに。  このざわつきを生み出したのはわたしなのだ。もう救えない。飛田に近づけないのだと悟った。  そう思った瞬間、立ち上がっていた。教卓まで歩き、苛立ちをこめた拳で黒板を叩く。 「万引きしたのは命じられたからじゃない!」  教室がしんと静まり返る。教室の端にいるというのに、部屋の中央に立っているかのような錯覚を覚えるほど、注目を浴びていた。 「親に捨てられた飛田が可哀相で、勝手に万引きをしただけ。飛田は何も悪くない!」  言い放っても静寂はやぶられることなく。  教室を漂う無音の空気が突き刺さって、息苦しくなる。それは失望の色をしていて、『優等生』を捨てたわたしを嗤っているようだった。  しかしどれだけ待っても、止まった空気は動くことがなかった。  いや、違う。皆は別のものを見ているのだ。その先を追いかけた時、教室のとびらは開いていた。 「……委員長」  わたしのあだ名を紡ぐ、その声音はよく知っている。  そこにいたのは職員室から戻ってきたのだろう担任と、渦中の存在だ。  教室の空気は一変し、彼を『ただの飛田』ではなく、『親に捨てられた可哀想な飛田』と認識していた。  ひとりだけ『特別』になってしまった空間で、飛田はそれでも笑おうとしているのだ。世界のすべてに見放された感情のこもらぬ硬い表情。それはぎこちなく、微笑もうとしているのに泣いているようだった。  飛田にとって最後の寄り処だったのは、学校なのだろう。  たったいま、その居場所も消えた。  ホームルーム開始の無機質なチャイムは、寄り処の崩れていく音のようだった。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加