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「父さんは家に帰ってこないし、母さんも部屋からあまり出てこなくなっちゃって」
「飛田のお母さん、ご飯作らないの?」
「ご飯どころか何もする気がおきないらしい。寝てるか、起きても泣いてるかだよ」
中学三年生が語るには重く、ざんこくな話だ。それを語る飛田がごみを捨てる時のように感情も温度もない声をしていたから余計に。
「じゃあ家に帰ってないの?」
「寝る時は帰るよ。でも母さんと顔を合わせれば怒られるから家にいない方がいいと思って、公園で時間を潰してたんだ」
「学校に残っていたらいいのに」
すると飛田は「んー」と低い唸り声をあげて、空を見上げた。その横顔から察するに、答えはでているのだろう。秋色の少しさみしい空から、それを表現するに適切な言葉を探しているようだった。
「学校は大切なんだ。クラスのみんなに変な目で見られたくない」
いよいよ小さな欠片となったパンが口に放り込まれる。わたしがあげたチョコレートはポケットにしまったままで、まだ食べないつもりらしい。
この話を聞いたからか、飛田は前よりも痩せた気がする。春にはふっくらとしていた頬も痩せこけ、なぜか大人びた印象を抱いた。
その飛田がわたしを見る。
「委員長。俺がパンを持ち帰ってたこと、みんなに内緒にしてほしいんだ」
聞いて浮かんだのは、飛田に見られてしまった人参を捨てた時のことだ。
飛田は給食のパンをこっそり持ち帰ることで、食いつないでいたのだ。その瞳に、わたしの行為はどのように映ったのだろう。わたしをばかな子供と思ったのか、それとも贅沢なやつか。どちらにせよ、飛田にとってのわたしは『優等生』ではない。
求めていた『特別』はどんな形でもよかった。悲惨な目に合うものでも構わない。
だからわたしは、飛田の中に『特別』を見出していた。ツツジの茂みで息をひそめている飛田は、わたしの飢えを満たすドラマティックな出来事の主人公そのもの。
「うん、内緒にする」
その『特別』が、わたしの首を縦に揺らした。
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