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「やっぱり、お母さんはご飯を作ってくれないの?」
状況の好転を願って聞いたものだったが、飛田はすぐに「うん」と頷いた。
「俺の顔、父さんによく似ているんだって。だからご飯を作るどころか、顔を合わせることも嫌だって言ってた」
「ひどいね」
他人の母を悪く言うのは気が引けたが、飛田があまりにも小さく見えてしまったために言ってしまった。
飛田は肯定も否定もせず黙っている。抱えた両ひざに顔を埋めて、堪えるように体を震わせて。
「腹減った……帰りたい」
呟くその背に、わたしはやはり『特別』を見出すのだ。
毎日つまらないと思っていたのは嘘のように、心が躍っていた。飛田のそばにいればいるほど、わたしも『特別』に浸っていく気がする。
わたしは五百円玉を取り出した。
「これ、あげる」
わたしの手が『特別』に触れている。ずぷりと重たい音を響かせて悲劇に割りこんでいくように。
飛田はわたしとお金を交互に見た後、慌てて首を横にふった。
「受け取れない」
「いいから。じゃないと飢えて死んじゃう」
柔らかな微笑みを浮かべ、差し出したものは引っ込めない。
受け取れ。
飛田、受け取れ。
心中で念じるものを表に出さぬよう気を払い、じいと飛田を見つめる。
そうしてしばらく視線が重なった後。冷えた指先が伸びた。
「ごめん……ありがとう、委員長」
硬貨の重みが消えて、かわりに得るのはくせになりそうな心地よさだ。
わたしの飢えは満たされている。だって飛田を救う『特別』な存在なのだ。
飛田は五百円玉を虚しそうに見つめていたけれど構わない。むしろ辛そうな顔をもっと見せてほしい。彼の悲劇を知れば知るほど、わたしを『特別』にしていくのだから。
家に帰っても、興奮はさめなかった。五百円玉をのせていた手のひらに、『特別』になった瞬間の心地よさが焼きついている。
もっと助けてあげなければ。
だって飛田は可哀相なのだから。
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