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第一話
午前六時五十分。
Tシャツにスウェットというパジャマ姿のまま、瀬戸内航汰は眠い目を擦りながら自室を出た。
廊下に出た途端、階下から漂ってくる香ばしい…というより、ちょっと焦げかけた匂いが鼻先を掠めた。ああ、今日は『父さんの番』か、と瞬時に察した航汰は、階下におりる前に、向かいにある両親の寝室のドアを開けた。
互いの眠りを妨げないよう、セミダブルのベッドが隙間を空けて二つ並べられた、広い寝室。 母のベッドには人が寝ていた形跡がなく、父のベッドの上では小さな体が羽毛布団に包まっている。
「真波、起きろよ。保育園遅れるぞ」
航汰が羽毛布団の繭に近づき、バサリとそれを剥ぎ取ると、その中で丸くなっていた年の離れた5歳の妹は、ぐずるような声を上げて航汰の手から布団を取り返そうとする。
「こら、もう朝だって」
「……やだぁ」
取られないよう、布団を母のベッドへ放り投げた航汰の前で、真波は駄々っ子のように「やだ」と繰り返して、全くベッドから出ようとしない。
今までは「保育園」という言葉を聞くと飛び起きていたのに、一体どうしたんだと首を捻る。
「なんだよ、具合悪いのか?」
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