0人が本棚に入れています
本棚に追加
直樹は中学を卒業してすぐに単身で上京して、住み込みで働き始めた。少しも遊ばずに工場で働き、貯めた金で社員寮を出て五年前にこのアパートへとやってきた。その際に工場での仕事も辞めて資格を取得し、今は不動産会社で働いている。家族とは実質縁を切ったような状態である事に寂しさを覚えていた訳ではなかったが、自分に懐いて慕う弟のような存在の尚哉を可愛がり、大切に思っていた。
「さっきのあのテキストを見た時、なんとなく、自分と重ねちゃってさ」
「お前が捨てたやつだっけ」
「正しくは捨てようとしてた、だけどね」
今日は仕事が休みの直樹がコンビニ前で尚哉と会い、帰る先が同じアパートなので談笑しながら一緒に帰っていた。するととあるファーストフード店の前で尚哉が立ち止まり、ガラス越しに店内でハンバーガーを食べている少年を見つめた。正しくは、少年の手元を見ていた。地元の高校の制服を着たその少年は、ハンバーガーを持つ方とは逆の手で、大学受験対策のテキストを持っていた。咀嚼を続けながらも視線はじっとテキストに落とされているその様子を見て、再び歩き始めた尚哉は白い息と共に口を開いた。
「今の子が読んでいたの、僕のテキストだ」
「え、知り合い?」
「直接は知らない。前に大学の友達が僕の部屋に遊びに来た時、雑誌と一緒に縛って捨てる直前だったあのテキストを見つけてさ。捨てるのなら、受験生の弟にあげてもいいかって訊かれて」
「本屋に売れば金になったのに。声をかけなくて良かったのか?」
最初のコメントを投稿しよう!