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「ははっ。あのテキスト、裏表紙に合格祈願のお守りのシールを貼っちゃって売れないんだ。しかも三枚も。声はかけなくていいよ。あの子が読んでるテキストの裏表紙にあの三枚のシールが見えて、彼が友達の弟なんだろうなって思っただけ。顔見知りではないから」
「ふうん」
「僕がいらないと思って捨てようとしたものを他の誰かが大切にしてくれたら、なんだか嬉しいね。それに自分が手放したものが、誰かを幸せにしてくれたら、縁っていうのかな、そういうのを感じない?」
そんな会話を交わしてアパートへ着いた二人は、冷えた身体を温める為に直樹の部屋に集まった。少し前に直樹が購入したコーヒーミルで豆を挽いて淹れたコーヒーを飲みながら会話を楽しむのが、二人のお気に入りの時間となっている。
そして直樹からコーヒーを受け取った尚哉が、思い出すように話し始めて冒頭に至る。
「僕は施設で育って、ずっと僕を捨てた両親を恨んでたんだ。でも十二歳の時に今の父さんと母さんが僕を家族として迎えてくれて、最初は勿論戸惑ったけれど、あの二人の養子になれて毎日幸せ」
猫舌の尚哉はそこでようやくコーヒーを啜った。深い香りと苦味が口内に広がり、強張っていた身体にじわりと溶ける。
「こうならなかったらきっと、僕は直樹さんにも出会えていなかっただろうな。僕がこうして大学に通っているのも、今の父さんと母さんの薦めだから」
微かに直樹が身動いで、まだ半分ほど中身が残っているマグカップをテーブルに置いた。
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