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取り繕うように言う尚哉に、直樹は首を振ってみせた。
「大丈夫。尚哉が言いたいこと、わかるよ」
「本当?」
「俺も同じことを先月思ったから」
尚哉は先月何かあったのだろうかと首を傾げるが、直樹が何も話さなかったので、深く訊くことはしなかった。
それからしばらく雑談して、バイトがあるからと尚哉が隣の自分の部屋へと戻った。尚哉が去った部屋で、直樹が二人分のマグカップを洗う。
直樹は己に勉強を強いて自由を奪おうとする両親と反りが合わず、義務教育を終えると同時に家出同然の形で親の許を飛び出していた。それでも家族だからか、どうしても捨てられず家から持ち出していた親子三人で撮った一枚の写真も、先月とうとう捨ててしまった。尚哉が養父母と写っている写真を初めて見せてもらった日の晩のことだった。
複雑な生い立ちからは想像できないほど純粋な瞳を細めて笑う尚哉を思い出して、直樹は独り言ちた。
「俺もお前を幸せにできて嬉しいよ」
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