退屈な道中の為に

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退屈な道中の為に

 聞こえる足音は二つ。  照りつける太陽は夏を知らせていた。  時々、ぽつんと立つ木の下で休むと蝉が存在を主張しながら、何処か遠くへと飛び去っていく。  けれど、それから暫くも歩くと生命を失った亡骸が惨めに転がっている。  いやぁ、一日潰してでも乗せてくれる荷馬車を探すべきだったねぇ。疲れたら何時でも言っておくれよ。君は体がそこまで丈夫じゃあないんだから。無理はしないで。  そんな彼も額には酷い汗をかいていた。  彼は暑さが嫌いなのだ。その癖、手首まである外套を外そうともしない。  何度も何度も汗を拭いながらそう言われても説得力に事欠いていることに気付いているのだろうか。  とはいえ、私も暑さには弱い。  村での生活では周りに森があったため、夏でも心地よい風が吹いていたのだ。  けれど、この平原の上をなぞる道には日除けになる木が全くない。  道中、ぽつんと立っているのがあるかどうかだ。  だから、時には分厚い岩の影で休むこともあった。  うん、今日で学んだよ。次の街についたら鍔の広い帽子を買おう。それがあればきっと今よりは楽な旅になる。  彼は気楽にそう言う。  しかし、時々思うのだ。  一体そのお金はどこから出ているのだろうかと。  私たちは旅人だ。手に職をつけている訳では無い。  そうなると、必然旅立ちにはまとまったお金が必要となる。  だが、それは、ありえないはずなのだ。  あの日に旅立ったのだから。あの火に背を向けて歩き出したのだから。  目を閉じれば聞こえてくる人々の悲鳴。起こるはずのない悲劇にしもどろし、祭囃子のように騒がしかった運命の日。  原因なんて分かるはずもない。誰がしでかしてしまったのかも分からない。  その日に私は両親を失い、知己を失くし、居場所を失くした。  けれど、それで良かったのかもしれない。  それを望んでいたのかもしれない。  そのお陰で今があるのだから。  私にとってはあれは不幸ではなく、幸運だったのかもしれない。  うん? どうかしたかい? えっと、ああ、もしかしてお金のことを気にしてるのかい? それなら大丈夫。あの日、倒壊した家を漁っていたら父さんの部屋から銀貨の入った麻袋を見つけたんだ。多分、貯金でもしてたんだろうね。  彼もまた両親を失い、知己を失った。  いや、正確に言うならば私と彼以外、生きている人は誰一人としていなかった。  あの日、彼がどのような顔をしていたのかは思い出せない。  けれど、きっと清々しい顔だったのではないだろうか。そして苦しい顔をしていたのではないだろうか。  彼は所謂虐待を両親から受けていた。村での生活の時は何も口にしていなかったが、旅が始まって暫くしてから唐突に教えてくれた。  だから思う。彼が外套を外さないのは、きっと虐待の跡を見せたくないのだろうと。  もしかすると貼り付けられた笑みは、その時の弊害なのかもしれない。  毎度、誰かに悟られないように嘘の顔にするのなら、いっそ最初から嘘であればいい、そう思ったのかもしれない。  彼はこの暑さの中、陽気に歌を歌っている。より暑くなるだけだというのに。そんなことを思いながら、私も彼に合わせてリズムを取ってみたりする。  どうせ次の街まではただ、歩き続けなければならない。いくら彼とてその間、ずっと話を齎すことは出来ないだろう。  それなら、休憩は多くなるかもしれないけれど、楽しい旅路にしていこう。  きっとその内、過去の思い出話で旅路が埋まるようになるまで、私たちは音を取り、リズムを挟み、道化師のように華やいでいよう。  それが私たちの旅なのだから。誰にも真似されたくない、穏やかな、陽気な旅。  静かな道をただ、歩くだけでは物足りないから。  だから、彼の少しズレた歌でリズムを取っていよう。  まだまだ、道程は長い。     
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