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「それを聞いてどうするつもり?」
またトーンの低い声が返ってきた。
是でも否でもなく、感情を一切含まない無機質な表情と声で、問い質す私を問い質してくる。
「どうするって、ただ…」
私は知りたいだけなのだ。
「あの家に戻るんなら、美咲さんは何も知らない方がいい。」
今度は言葉を濁した私を見て圭吾は目を細め、口角を上げて笑顔を作り声色を和らげた。
それでもやはり、感情を含ませていない事は目と「さん」付けで呼んだ事から容易に解る。
知らない方がいい?
彼の言葉に立ち止まり、暫く後ろ姿を眺めていた。
少しずつ遠ざかる彼の後ろ姿に気付き、その距離を取り戻す可く小走りで後を追う。
やっぱり、圭吾は何か知っている。
「それでも知りたいの。何があったのかとか、一体私はどんな風に過ごしていたのかとかを、少しでも。」
歩きながら並んだ圭吾の顔を見上げ、だから何か知っているなら教えてと懇願した。
圭吾はピタリと立ち止まり、暫く堅く目を閉じてからゆっくりと此方を向いた。
「ねぇ、今の状況解ってる?」
首を傾け、困った様にため息を溢す圭吾。
「え?」
「解離している事忘れてない?一過性の記憶喪失とは違うんだから 、無理して早く思い出そうとはしない方がいいよ。少なくてもあの家に戻って生活していくのなら、何も知らずにしておいた方がいい。最初からやり直すとまでは言えないだろうけど、それでも前よりは、記憶を失った状態だからこそうまくやって行けるかもしれないし。」
突き放す様にそこまで言った圭吾は「でも…」と足して、一旦反らした視線を私に向けるや否や再び歩きだした。
どうやらその後の言葉は、飲み込んで彼の中で消化したのか、私の耳に届く声とは為らない様だ。
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