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――いつから私は悪魔の言葉が聞こえるようになったんだろう。
そんなことを考えると、いつも頭の中にパンドラの箱が現れるのだった。
その箱は開かない。絶対に開けてはならない。蓋をしておかなければならないと、もう一人の自分が強く訴えかけてくる。私はこのことについて深く考えてはいけないらしかった。
しかし、悪魔の言葉は別に私の脳裏だけに存在するわけじゃない。
肉眼で見える世界にも存在していて、私を刺激するからついあれこれと考えてしまうのだ。
その言葉は、ユカリがいない女子校時代のチャットグループでよく見られた。
『サキ、本当おめでとう。ユカリのことは気にしない方がいいよ』
『人のお祝いごとを既読無視ってヤバーイ。そんな心の狭い人はこっちから無視だよ!』
『あれでしょ? ユカリって、たしかうちの学年で一番頭のよかった人でしょ? 妬んでんだよ、きっと』
隠そうともしない裏の顔。スマートフォンの中の世界では、本人よりも悪魔たちの方が幅を利かせていた。
そして、サキがいないチャットグループでもその現象は見られた。
『あー、サキってたしか頭悪そうな、チャラチャラしてた人だよね』
『この歳でもう結婚? それで専業主婦になるの? こっちは働き盛りなのに、そりゃ既読無視もしたくなるよね』
『誰だかよく知らないけど、既読無視くらいでグダグダ言いふらすなんてかまってちゃん過ぎない?』
片方だけの意見を鵜呑みにし、あれこれと責め立てる。これらは全て、悪魔が喋っているのだ。悪魔が彼女たちに話をさせているのだ。
そして唯一平和に見えるのが、サキとユカリと私、三人のグループだった。
『ジャン! こちらがマイ旦那さんでーす』
『わ、イケメン! 産婦人科付き合ってくれるんだー、いいパパだね』
『いいなあ、私もいい人いないかなー。このままじゃ仕事人間になっちゃうよ』
しかし、ここにこそ悪魔が潜んでいる。
じっとその文字列を見つめていると、その裏の言葉が透けてくる。聞こえてしまう。彼女たちが飼っている悪魔たちが、私に語りかけてくる。
〝ほら見て。私の旦那、格好いいでしょ?〟
〝こんな頭悪そうな男を捕まえるくらいなら、独身の方がマシだわ〟
私は耐えられず、スマートフォンの電源を切った。
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