血と薔薇の喜遊曲

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夕霧の血は、心地好く身体に染み渡る。 ・・・さながら渇いた大地に降り注ぐ慈雨の様な趣で。 一対の人面の獅子を脇侍にして厳かに佇む女神と奇怪な曲線で絡み合いつつ繁茂する妖美なペルシア風の唐草とを緻密に描き込んだルイ十六世朝のグロテスク様式の椅子に座し、跪いて華奢な白い首筋を献ずる我が臣に牙を立てる私は脳髄から指先までを渡る陶酔の銀濤の中でとうの昔に分かり切った筈の感慨に浸る。 夕霧の血は、御父様(おもうさま)の血と同じ自然さで私を癒す。 どんな公達や女官の芳しい高貴な血潮でも癒す事の能わぬ狂おしい程の焦燥や憂悶を鎮め私の心に平安の凪をもたらした、あの御父様の血と同じ様に・・・ 私と血を交わした夕霧には私を介して我が家門の血が流れている。 夕霧の血に私が恋い慕う御父様の血の香気が色濃く感ぜられるのは、十中八九その為であろう。 夕霧が主君たる私に捧げる愛が白百合の様に高潔なのに比して、我が影法師たる彼女に寄せる私の愛は何て歪つな事かしら? 夕霧の血を欲する事が父の血への渇望に結び付き、父への思慕が夕霧への愛に結び付いているというのだから。
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