血と薔薇の喜遊曲

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父への思慕-確かに、卒して久しい父を恋うる想いは月下にたゆたう死霊の影の如くに私の胸を静かに蝕み続けている。 けれども自身の感情を鋭利な理性のメスを以て丁重に解剖にかけてみると、そればかりが夕霧の血に格別の慕わしさを感ずる原因ではない事に容易く思い至る。 ・・・夕霧は私が手ずから我が血を分け与え眷族の列に加えた。 故に彼女は、父の存在の幽けき残り香である以上に他ならぬ私の血を分けた同胞(はらから)にして私の血を引く愛し子である。 この忌むべき近親愛に近しい情愛こそが、夕霧の血に寄せる歪な愛着の根本である事は疑うべくも無い。 けれども、ナルキッソスの魂の裔たる私はたとえヨカナーンに罵られようと自らの生や愛の有り様を否定する事が出来ない。自身を恥じる事が即ち自身を貶める事に同視されてならない為に、私は自らの罪深さを知りながら耶蘇ふうの懺悔や救済を求めもせず、修道院や尼寺も幽境での雅やかな隠棲へ寄せる浪漫主義的な夢想の種でしかあり得ないのである。 罪業に親しみ、善を憫殺する毒蛇の様に奸悪な私に、夕霧はどんな想いを寄せているのであろう? 敬うべき主であると同時に同胞であり、何よりも吸血鬼としての母である女に彼女は何を想うのか。 これは、幾星霜の時を共に閲してもなお量り難い私にとっての命題である。 私は、青地に白い薔薇を描いた錦紗の着物のなめらかな絹の温もりに身を埋める御仕着せの紋付の背に爪を立てる。 どんな秘密を胸裏で育み、どんな色あいの情念の花を臓腑の泥濘に咲かせているのかを想うと不意にもどかしくて堪らなくなったのである。
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