血と薔薇の喜遊曲

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熟れきらない桃の果肉の様な首筋に鋭利な牙を立てるその行為を以て、私達の官能は極めて神聖な観念や思想と結び付く。 さながら、決闘という一縷の行為によって血と臓物の臭いを滲ませる欧羅巴人の獣性が名誉と栄光とに彩られた薔薇の香油の薫りの纏わる騎士の聖性に転化する様な、錬金術じみた鮮烈さを以て。 野性と聖性とを結び血を薔薇に変成せしめるべき行為というものは、黒い水面から輝かしい天上に茎を伸ばすアール・ヌーヴォー風の触手めいた白百合の様にどす黒く煮え立つ情念の海原と陶酔と恍惚の至高天とを繋ぐか細い一筋の糸なのである。 私はこの糸を辿る妙諦を永年の優雅と享楽の薫陶の内に心得ていたし、阿片やモルヒネを扱う様にその処方箋を馨に与える事も出来たけれども、夕霧はドリアン・グレイ卿の様に従順な生徒ではなかった。 機知(エスプリ)の甘美な毒をふんだんに振り撒いた世紀末(ファン・ド・シエクル)風の誘惑も、堅牢な女執事の自意識の牡蠣殻を融解する事は叶わない。藤壺塗れで錆び付いた錨の様に、夕霧の情熱は暗い胸裏の千尋の海の底に沈滞しているのだ。 夕霧はきっと私がゴーチエのクレオパトラの様な娼婦の役を(埃及の女王の春は一命によってのみ購われる)演じたとしても、決して私の首筋に唇を寄せる事は無い。 それが涜神の業であると信じて頑なに心の岩戸を閉ざして八重に七五三(しめ)を廻らせて、羽化を待たずに朽ち果てる蝶々の様に礼節の繭の中に逼塞する事を快しとしているのである。 愛おしい夕霧から惜しみ無く奪うばかりでなく、惜しみ無く分け与える事もまた主としての愉悦なのであるし、晩秋の深山に啼く鹿の様に私の血を求めながら敢えてそれを秘匿するのは却って主従の蘭契を虚しくする冒涜に他ならない。
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