血と薔薇の喜遊曲

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「血を美酒に変えるのは観念よ。 観念による蒸留を経て血は蜜酒に変わるのだわ」 不意に我が邸を訪れた少女娼婦-アルベルティーヌが身に纏う青地の羅の着物と同じ薔薇模様の扇を弄びながら投げ掛けた問い(即ち、美酒になぞらえるほど血は美味いのか云々という至極プリミチブなものである) に、私は斯く応える。 唇のあわいから中空に泳ぎ出でた〝観念〟の語は私たちの頭上で黄金色の羅牟比岐(アラムビク)の形をとって浮遊した。 舎密の賢者の工房の、哲学の炉に爛然と煌めく祭器の形象を以て。 滑らかな神秘学の子宮の裡への回帰と新生の儀典を経て、形而下の万象は黄金の奇跡へと昇華されるのだ。さながら基督が真水を葡萄酒に変えた祝宴の奇跡の如くに。 「観念?」 アルベルティーヌは鸚鵡返しに問いを重ねる。 「そう、観念。 愛憎や感傷といった心理の在り様によって、血は甘くも苦くも酸くもなるのだわ。 一縷の幽けき情念の糸だけが血の美味を担保しているのよ。 甚だ非科学的な理屈でしょう?」 解したそばから再び刻まれる眉間の皺に苦笑しつつ、私はアルベルティーヌに魍魎の生理学の枢軸を成す奇怪な曼陀羅様の哲学体系を、橄欖樹蔭の多島海に栄えある学苑の師の如く詩情と共に説き明かす。 「難儀なのか暢気なのか今一よく判らない理屈ですわ。結局行き着く結論が全ては心の儘、というのなら何だか抹香臭くなりますわね、男爵夫人(バロネッサ)?」 「さながら、私の官能は幻想から幻想を渡る蝶。 夢の礎の上に立つ幻の紅楼。空理に耽る点では支那六朝の清談の風とも言えそうだわ」
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