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晩夏の驟雨に打たれながらも、足は止めない。眼鏡が曇るが、かすんで絵が映る。わきの石垣と盆栽は雨に濡れて煌びやかであると同時に、滴る雨が俺に当たる。肩にかかった雨を落としながら、小径を歩き、彼女の家までたどり着いた。インターフォンを鳴らして、髪の毛を整える。
ここに来るのは二度目であった。泣きながら駆け込んだこの場所に、今度は雨に打たれてここに来る。ここは悲しい場所なのだろう。
重い扉が軽く開く。
「また来ると思ってた」
彼女はそう言いながら、ほほ笑んだ。
中に手招きされたので、無遠慮に入り込み、ここでは肩肘張る必要がないという安心感に、心が軽くなる。
洋風とはかけ離れた、日本古来の伝統的かやぶき屋根の家である。現代風の黒髪で恍惚とした彼女の印象とは合わないが、そこが不思議と人を魅了する。引き締まりながらも、ぷっくらした頬は赤く、確かに人であった。
「慎太郎くんは、最近どう」
「いつも通りですよ」
広がらない会話にも心地が良い。毎日の多忙で休まることのない口を、ここでは開く必要がここにはない。
「ここで待ってて。今タオル持ってくる」
彼女は僕を見向きもせずに、廊下をギシギシ言わせて駆けていき、少し心細く感じる。
右手には手の行き届いた盆栽庭園があり、驟雨の水滴を吸収し、大きく育ち、逞しく生きているような、そんな盆栽ばかり。ふと縁側から右手を外に出し、雨を手のひらに受けて寒気がした。
左手には荘厳な襖があったが、手を付ける気にはならなかった。
一歩足を踏みだして、また一歩と足を出す。彼女には待っててとは言われたが、ここは寒い、ましてや今は夏の季節というのに蝉の声すら聞こえず、ただ静寂がこびりつく。縁側を歩いて数歩のところで、左に曲がって開いている襖に入って行く。
秀麗な書体の掛け軸が壁に掛けてあり、その下には目の大きなダルマが置いてある。それを手に取ろうとしたとき、
「慎太郎くん。タオルよ」
清流のような声が背後からした。
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