十年たまごが孵るまで

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 そして今年の夏の日に、中島くんが段ボール箱を運びながら汗を拭った。 「思ったより少なかったな」 「そうね」  部屋を埋め尽くしていたグッズは全部、奇麗さっぱり捨ててしまった。飾るだけの場所もないしアニメを見ている時間もないし。あとそれから。 「俺のために、捨ててくれたんじゃないのー?」 「バカなの? あなたのためなわけないじゃない」  そう言って私は鼻で笑った。強いて言うなら自分のため。そしてそれから、大好きだったあのひとのために。  せめて最後にあのひとに対して誠実でいたかったから、だからみんな捨ててしまった。  この十年、私はほんとうに須藤さんのことが好きだった。ただの絵空事じゃなくて。奇麗なだけじゃなくて。強くて脆くて愛おしいひとだった。できることなら一度くらい、抱きしめてみたかったとも思うけれど。 「はいはい。どうせ俺は眉目秀麗じゃないですよー」  そう言いながら後ろからべったり中島くんがくっついてきて、あまりの暑さに抗議の声を上げる。 「離してよね!」 「ばーか、やっと捕まえたんだろ。誰が離してやるもんか」  耳元でしつこく笑うその声が、全然甘くも素敵でもなくて。頭脳明晰とはほど遠い。長身痩躯は夢で終わった。繊細どころかたぶん、図々しくて遠慮知らず。 「ねえあなた、私の一体何が気に入ったのよ」  そう訊いた私に中島くんはにっこりと笑ってこう答えた。 「だってお前、クラスでいちばん変な女の子だったから」  それで十年も追いかけ回すなんて、あなたもたいがいね。  まだカーテンもついていない部屋の窓を開け放って、私たちはまるで高校生みたいに、誰に憚ることもなく声を上げて、笑った。  二〇一八年八月一二日。私は中島になった。
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