十年たまごが孵るまで

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 二〇一二年、就職がなかなか決まらない私に、茶髪を越えてほとんど金髪になった中島くんは「お前もう永久就職しちゃえよ」なんて言って茶化した。 「須藤さんは女性も自立して食い扶持くらいは稼ぐべきだって考えなの」 「へえー、お前二十歳過ぎてもそんなんなのな。逆になんか尊敬してきたわ。すっげーなあ、須藤なんとかのどこがそんなによかったの?」  いつもみたいにふざけた感じの訊き方じゃなくて、心底感心したように中島くんが言うので私もつい答えてしまう。 「須藤さんは美しいひとなの。顔だけじゃなくて、中身が。傷つきやすくて繊細で、でもそんなこと他人に見せないように凛としているひとなの。無愛想だけどそれがまた孤高って感じで。あんな風に私もなりたいの」 「なれねえよ?」  そんな風に水を差す中島くんは見た目はだいぶ変わったけれど、あの頃のバカでガキっぽい高校生そのままだった。 「努力すればなれるかもしれない。私は須藤さんのようなひとに並び立てるような、そんな人間になりたいだけなの」 「無理無理そんなのやめときな。だってそれ、絵空事だもん。だから漫画になるんじゃん」 「漫画じゃないったら。小説よ」  中島くんは小説なんか読まない。 「バッカだなー、お前。そんなのずうっと追いかけてっと、お前の青春それだけで終わっちまうよー?」  私の青春がどうなろうと、中島くんには関係ないじゃない。  そして私の人生に、須藤さんより美しいものなんて絶対に存在しない。  できることなら私も平べったくなって、須藤さんのいる世界に閉じ込められてしまいたかった。
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