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私はかのんちゃんみたいに可愛くもなければ特別歌が上手いわけでもないし、ダンスの先生からはリズム感がないとお墨付きをもらっている。人の顔を覚えるのは苦手だし、頭の回転だって速くない。大手の事務所のオーディションでは不合格しかもらえなかった。そんな私が、かのんちゃんみたいになりたいだなんて、傍から見たら星に手を伸ばすようなものなのかもしれない。
私はガラス戸を開けて、ベランダに出た。風は吹いていない。深々と冷えた静かな夜だ。吐く息が白く染まった。
空を見上げ、星を探した。街の明かりに照らされて、星々はその姿を隠しているけれど、目を凝らせば、一つ二つと小さく輝く星を見つけることができた。
私は櫻井かのんになりたい。まるで夜空で輝く星のような。そう、私は星になりたいのだ。
「わかんないけどさ、アイドルはきっと今しかできないと思うよ」
その声に目線を戻すと、私の右隣にはキョーコがいた。
「えっなになに?もしかしてキョーコ、本当に私がアイドル辞めると思っちゃった?」
湿っぽいのは性に合わないので、私はわざとおどけて言ってみせた。
「……ほんのちょこっとだけね。でもなんか、心配して損した感じ」
キョーコは呆れ気味にそう言った。
「ありがと。確かにちょっと弱気になったけど、もう大丈夫。だって私はアイドル瑞乃ミサだもん。いつだって今が一番!ってかのんちゃんも言ってるし!」
私は頭の上でピースを作ってポーズを決めた。青春担当瑞乃ミサ。メンバーカラーはアクアブルー。これが私の決めポーズだ。
星が輝くための空は遥か遠い。それはもう、気が遠くなるほどに。おまけに、努力したからといってそこにたどり着ける保障なんかどこにもない。それでも、私はあの空を目指す。いつだって常に最高を更新し続ければ、今が一番空に近いはずなんだから。
捨てたのは、恋をして男の子と手を繋いで歩く、普通の女の子の日常。
だけど、きっとここは、空に一番近い場所。
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