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「あれ……」
目の前が真っ暗になった瞬間と、頭の中で「どうして」と思った瞬間は同時だった。
そのまま意識が途切れる。
ああ、この感覚には覚えがある。
手術台の上で、麻酔にかけられたときの強制的な昏睡と同じだ。
***
「………」
ランニング途中に気を失って倒れてしまったらしい私が次に目覚めたとき、目の前に飛び込んできたのはお世辞にも男前とは言えない男性の顔だった。
男性……なのだろうか。
落ちくぼんだ目は片方しか黒目がなく、もう片方は固く瞼が閉ざされていた。
上唇は十字にさけて不揃いな前歯がのぞいている。顎も不自然なぐらいしゃくれているし、髪も好き放題に禿げていて、身体はまるで子供のようにとても小さかった。
「気がついたかね」
常人離れした容姿からは年齢を推し量れなかったけれど、声を聞くとずいぶん年配であることが分かる。
「お前さん、ウチの大学の前で倒れていたんだよ」
「大学?」
「ああ、驚いた。おれはここで住み込みの用務員をしているんだがね。早朝の掃除をしようと思ったら行き倒れみたいにお前さんがくたばっていたんだから」
「すいません……ありがとうございます」
頭を下げるために目線を落とすと、新品だった白いシューズがなんだか分からない液体で汚れて灰色に染まっていた。
靴ひもも切れてしまっていて、左足の紐が極端に短い。
「朝も早よからあんな状態になるなんて、一体、何時から走っていたんだい?」
「………」
「ま、話したくないならいいがね。無理なダイエットは止めることだ……」
「いえ、話します」
「お?」
「話したいです、私。聞いてくれますか?」
「そりゃ、構わんが。幸い今日は祝日だし、生徒さまも来ないだろう」
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