出口のないゆりかご

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 私は出会ったばかりの男性に、なぜか今までの自分のことをすっかり話してしまった。  誰かに話を聞いて欲しかったのかもしれない。  求められるままに異性とつきあい、そして別れてを繰り返していること。  初恋の同級生に似ている人なら、どんな背景を持っていてもなびいてしまうこと。  たとえば既婚者でも、友人のパートナーでも、親子ほど年の離れた人物でも。  そして、一週間前に誰が父かはっきりしない子どもを殺したこと。  男性は黙って私の話を聞いた後、おもむろに口を開いた。 「……おれは今日まで生きてきて、生まれてきて良かったと思うことなんてただの一度もなかったな」 「え?」 「おれは、捨て子だったんだ。それに、見ての通りこの容姿だろう? 病院にも通っていないから、病名は覚えていないがホルモンバランスと先天性と遺伝性のナニカ、だとさ。まあ、こんなナリでも帽子を被ってマスクをつけてサイズの大きな服を着れば働くことぐらいは許されるから、笑えてくるよなぁ」 「………」 「何度も何度も何度も、どうせ捨てるなら、なぜ生まれる前に殺してくれなかったのかと思った。あるいは、生まれてからでも殺して欲しかった。殺さずに、捨てるなんて。顔も知らない母からの最悪の復讐だとさえ思った。おれがいったい何をしたと言うんだか。母の子として生まれようとしたのが、そんなに悪いことだったのかね」 「………」  どうしよう。  何も言えない。  同じ人間のハズなのに、たぶん、生きているステージが違いすぎる。  毎日シャワーを浴びることのできる生活の中では、水不足や飢饉は見えないだろう。  ああ、今まで、幸せな恋愛をしている友人たちが私の話を聞いたときになんとも言えない顔をしていたのは、こういうことだったのか。  こういう、気持ちだったのか。 「なあ。うまれるばかりが、良いことじゃないだろうさ」  黙り込んでしまった私に、男性は続ける。  それは今まで、私の世界の教科書には載っていない言葉だった。
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