夏の日の道場破り

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 英次郎と同い年くらいだろうか。にこにことやたら愛想がいいが、ひとたび木太刀を構えるとがらりと雰囲気が変わる。体で切れ、と物騒なことを叫んでいるが、その意味が理解できている門人は見当たらない。 「ほう、あれは……天才というやつじゃな。将来が楽しみじゃ」 「親分は見る目が素晴らしいな」  師範が声を掛けてきた。四角い顔だがぽつんと笑窪がある。純朴な男だ、と、太一郎は思った。 「ときに……誰をお探しかな?」 「む?」 「いや、名の知れた衣笠組の親分が道場に乗り込んできたとなれば……道場破りか人探しかくらいしか思いつかぬ」  あっはっは、と豪快に笑う。 「確かに人探しであるが……連れの者、英次郎が見つけるであろう」 「なるほど」  どっかりと、ふたりは道場の端に座った。  竹刀や木刀を打ち合う音が絶えることのない道場、親分と近藤勇は静かに座っていた。 「時に、師範。英次郎の剣術の腕前はいかがかな?」 「素晴らしいの一言に尽きる。我が道場一番の使い手沖田と互角か、それ以上。このような剣士が隠れているとは江戸は広い」 「沖田殿とはどの御仁でござろうか?」 「壁際で、英次郎殿に飛びかかる用意をしているあの子」  腹に響く気合がし、沖田と呼ばれた青年が道場の真ん中へ躍り出た。それまで沖田に背を向ける位置で別の人物の相手をしていた英次郎は、振り向きざまに沖田の初太刀をしっかり受けていた。  おおっ、と道場がどよめく。沖田はにっと笑って剣を手元へ引き付けると同時に英次郎の喉元めがけて突きを繰り出す。その尋常ならざる速度に、太一郎は眼を剥いた。そんな太一郎の目の前で、沖田の剣がまるで伸縮自在のように英次郎の喉元を突く。 「なんと!」 「もう三段突きを出さねばならんとは、やはり、強いな」 「む……沖田殿は今の一瞬で三度突いた、ということかな?」 「うむ。相手が相手ゆえ、もっと突いた可能性も捨てきれん」  太一郎の口がぽかんと開いた。そのまま瞬きをゆっくり繰り返したあと、肺腑が空になるほどの息を吐いた。 「いやはや……恐れ入った沖田殿」 「親分、すごいのは英次郎殿かな。実は沖田の三段突き、うっかりすると慣れ親しんだ我々でも三度目が交わしきれない。が、英次郎殿は初めての立ち合いで三度、四度とかわしている。己の必殺技が通用せず、沖田はそろそろ焦りが出るころかな」
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