夏の日の道場破り

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 いつの間にか道場では、沖田と呼ばれた青年と英次郎、ふたりの立ち合いだけになっていた。他の男たちは、道場の端によって楽しそうに眺めている。 「のう、近藤殿」 「なにかな?」 「英次郎が反応せぬところを見れば……こちらには探し人はおらぬようじゃ」 「……ならば、我が道場にかけられた嫌疑は晴れた、そう思ってよろしいか?」 「はい。無礼をお詫びいたす」  親分が、まるで武家のように詫びた。 「ならば本物の道場破りはどこの誰じゃ」  太一郎が首をかしげる。と、そこへ、近藤と似た年頃の男がやってきた。稽古着ではあるが、手ぬぐいも竹刀も持っていない。 「近藤さん、ちょっと土方くんを問い詰めて、土方くんを恨んでいそうな人物を三人、聞きだしてみました」  これがその名前です、と、半紙に達筆で氏名と住んでいるところが書きつけられている。 「さすが山南さん、助かります」 「いえ、土方くんが道場破りをするとは思えず……」  近藤が「トシとは一度、話し合わねばならんな」と腕を組んで呟く。 「それがいいでしょう。三人とも、あまり柄のよろしくない人物のようです」  紙きれをじっと見ていた太一郎は、うん、大きく頷いた。 「まっとうな道場のまっとうな剣士たちが関わっていい御仁ではないことは確かじゃな……」  太一郎は、彼らの名に覚えがあった。  いずれもどうしようもない破落戸であり、お上の目を掻い潜って散々悪事を働いている人物である。  彼らを飼っているのは他所のやくざであるため、普段なら見て見ぬふりをするのだが、今回被害に遭ったのは英次郎のご近所、つまりは太一郎の縄張り内である。 「ここから先は、闇の世界を熟知する我らやくざ者が始末をつけましょう。皆さま方、どうかこの一件はご放念くだされ」  近藤と山南は顔を見合わせるが、親分が真剣な表情であることに気付くと、承知いたした、と答えた、    数日後、大川に男の惨殺死体が浮かんだ。身元も下手人も不明のその男は、三日晒されたあとひっそりとどこぞに葬られた。  さらに数日後、また大川に惨殺死体が浮かんだ。やはり身元も下手人も不明のその男は、三日晒されたあとひっそりとどこぞに葬られた。刀傷の具合からして、同一の下手人であろうと思われた。
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