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さらに数日後。やっぱり身元も下手人も不明の男の惨殺遺体が大川に浮かんだ。これまでと同様に三日晒されたあとひっそりとどこぞに葬られた。
三件すべて、大変な怪力の剣士が一刀両断した――としかわからず、江戸の人々は連続殺人かと震えあがったが、その後はぴたりと犯行が止んだ。
「親分! 親分!」
ある朝、蝉よりもやかましい声が、衣笠組の戸を叩く。
「誰でぇ…‥って佐々木の兄ぃか! ちょっとまってくんろ」
すっかり英次郎の顔と名前を覚えた幸太が、いそいそと大戸をあけてくれる。
「親分は奥です」
「かたじけない」
英次郎は、懐から取り出した有平糖を少年の手に数粒のせた。
「うまいぞ。親分にとられぬよう、気を付けろ」
躍り上がって感謝を述べる少年の頭を撫でて、英次郎は奥へと小走りに向かう。
「英次郎、早いな」
「親分、おじじの看板がな、今朝戻ってきた」
「おお、それはよかったな! 祝着じゃ」
英次郎は、敏感に感じていた。親分が纏う気配が少し――これまでと違うことに。
「……親分、かたじけない」
「どうしたのじゃ?」
「いや、南町に無理を言って遺体の傷を見せてもらったときに、もしやと思った」
何のことだ、と、親分は言う。
が、人を斬ったことのある者は、相手が人を斬ったかどうかがわかるのだ、不思議と。
きっと、この親分は誰にも告げず出かけていって、人々に害なす悪党を人知れず斬って捨てたのだろう。
次は一緒に、と言おうと思っていたが、その代わりに英次郎は『お絹かすていら』を太一郎の目の前に置いた。
「おお、今日はまたえらく大量じゃな」
「おじじの看板が戻った祝いゆえ、母上が多めに持たせてくれた」
かすていらを前にした太一郎は、童子そのものである。
「さっそく……頂きます……うーん、美味い!」
【了】
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