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2300年前(紀元前4世紀)日本
男はさきほどからその大地を掘っている。
探し当てたのは美しい貝殻であった。
今から2300年前、紀元前4世紀の日本。
もっともこの弓形をした島々をそのように呼ぶ者などおらず、そもそも自分たちが住む大地が弓形をしていることなど誰も知らない。
男と生まれた者は少年の頃に母親から、美しい貝殻を譲り受ける。その貝殻は父親が母親に送ったものである。
貝殻を手にした少年はある決められた大地にそっと埋める。少年がやがて成長し、恋をした時、再び、その美しい貝殻を掘り起こすのだ。
大地から見覚えのある貝殻を見つけ出した男は、一目散に恋する女のもとへと駆けていく。少年の頃に埋めた貝殻を再び見つけることができたのなら、それは恋する女との絆を天が認めたということを意味する。
のちに縄文時代と呼ばれるひとときに命を授かった男と女は、こうして子孫を後世へと紡いでいくのである。
男から美しい貝殻を譲り受ける時、女はひとつだけ天に願いごとができる。
さきほど貝殻を掘り当てた男が恋した女は、皆が平和に暮らすことを天に祈った。男から受け取った貝殻は二つの青い帯状の模様が入った、女も見たことのない美しい貝殻であった。
この男女が生きる時代、気温が下がり寒冷期をこの大地は迎えていた。男が恋したその女の幸福は長くは続かなかった。作物はこれまでのように豊かではなくなり、子どもを宿すことがなかった女は皆のために自ら死を求めたのだった。
美しい貝殻とともに女は我が身を大地に捨てたのである。弔いをこめて、亡くなった女が眠る地に仲間たちはたくさんの貝殻を集めるようになった。生きながらえるための用を果たした貝殻を、皆のために自らを犠牲にした女にせめて捧げたいと願ったのだ。
ここから途方もなく永い時が流れた。
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