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顔から血の気が引いていくなぎに、課長は表情を一変させ、低い声になった。
「いいか、独断で社長にまで話を持っていこうなんて、絶対するなよ。仕事を失いたくなかったらな」
わたしは、約束は守った。社長にまでは伝えなかった。社長にまでは、ね。
先ほどの貼り紙で訴えたのは、退職した後のことだ。
自分の中では充分義理を果たし、筋を通したつもりだ。
あの花束にバラが入っていなかったのが唯一悔やまれる。ケチだから、高価な花より安い花でそれなりにボリュームのある方を注文させたに違いない。
バラの棘があれば、もっとあいつに痛い思いをさせてやれたのに。
自分の力では、あんな奴らでもクビには出来ない。なら、せめて仕返しくらいは受けてみろ。
彼らに傷付けられたわたしの心に比べたら、あんなの全然たいしたことじゃない。
もういい。これでいい。
辞められればなんでもいいと思っていた。
そのために、おばあちゃんのお店を利用してしまった。
つい会社のことが優先になってしまい、ちゃんと祖母と話をしたわけではなかったが、これから話せば、きっとわかってくれる。
地方が気に入って引っ越した親元に行くよりも、今も一人暮らしをしている東京は便利だし、祖母のいる横浜からも離れたくはない。
祖母の経営する紅茶館は、子供の頃から行く度に素敵だと思っていた。こんなお店を開いているおばあちゃんのことも、大好きだった。
『おばあちゃん、お久しぶりです。話があるの。今から行ってもいい?』
最近スマートフォンに変えた祖母は、メールやLINEならもう使いこなしていた。
『久しぶり。今ならまだ間に合うからいいわよ』
間に合うって、なんだろう?
電車をみなとみらい線に乗り換え、終点「元町・中華街駅」を下り、高台を目指す。
観光スポット「港の見える丘公園」を。
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