「離れがたき、かの愛着」

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 乱戦の中、アイアスとエウヘニアの夫妻がトバルを探し出して駆けつけてくれた。二人は悲嘆にくれるトバルを抱き起こして、とにかくここを離れるべきだと主張した。  既に戦線は崩壊し、戦場のあらゆる場所で魔王軍による人間への一方的な破壊と殺戮が繰り広げられていた。  三人は、ウィズドゥラ川を越えた先にある、工業都市ヴァルシヴァへ向かった。万一敗北した場合はこの街へ後退し、再起を図ることになっていた。  出発する前、トバルは妹の死体に防腐魔法を掛けた。戦場ではすぐに魔蝿がやってきて、数千個もの卵を死体に産み付ける。蛆に覆われた妹の死体など、彼は想像すらしたくなかった。小さかった頃いつもしていたように、トバルはナアマを背負った。死体は思った以上に軽く、そして氷のように冷たかった。  後退を始めた三人。しかし、人間軍の戦力の中核を成す勇者の一味を、魔王軍は見逃さなかった。一個連隊をも押しつぶすほどの物量が、たった三人と一人の死体に対して、怒涛の如く攻め寄せた。  激戦の末、アイアスは全身を八つ裂きにされて戦死した。エウヘニアはそれを見て発狂し、敵陣へと駆けて行ったきり戻らなかった。残ったのはトバルと死体だけだった。
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