「離れがたき、かの愛着」

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 アイアスたちが死んで二日後。珍しく攻撃が止んだその夕方、トバルは疲労しきった体で妹の死体を運びつつ、街道を都市ヴァルシヴァへ進んでいた。  ふと目の前に、建物が見えた。なんということはない、この地方の一般的な民家。彼は羽虫が誘蛾灯に引き寄せられるように、ふらふらとそこへ向かった。  民家の中は、死体で溢れていた。ここは野戦病院だったらしい。腕を欠き、足を失い、苦悶と絶望の死に顔を晒した、無数の死体。死臭と、肉片と、血痕と、蛆と、魔蝿の糞。  トバルは外へ出ると、あまり残されていない魔力をどうにか捻り出して、熱放射術式を組み立てた。魔王軍の死霊術師に利用されないために、死体は焼却しなければならない。  民家は、簡単に燃え上がった。はじめはやる気なく黒煙がゆるゆると、そのうち、魔竜の舌のごとき紅蓮の炎が轟々と、農家を消し炭へと変えていった。  その時だった。突如、農家の中から絶叫が響き渡った。この世のすべての苦痛のうち、最も大なるもの、すなわち生きながらにして焼かれる者の絶叫が、トバルの魂を凍りつかせた。  生存者がいたのだ!  助けようか!? トバルは燃え盛る民家を改めて見た。しかし火勢はますます強い。水魔法で消火するにも、土魔法で鎮火するにも、今彼に残っている魔力量では不可能だった。  悩んでいる最中にも、絶叫は続いた。そして次第に小さくなり、やがて聞こえなくなった。  トバルはいたたまれず、妹の死体を背負って逃げ出した。もはや、涙さえ出なかった。
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