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突如、トバルの光源魔法に揺らぎが生じた。一斉に、何千もの大きなドブネズミがそこここから大急ぎで逃げ出し、蟲の大群が潮のようなざわめきを立てて走り去った。
トバルは光を消し、息を潜め、壁に張り付いた。何かがぴちゃぴちゃと水音を立てて、こちらへ歩いてくる。どうやら、向こうの角までそれは来たらしい。
「おにいちゃーん……おにいちゃーん……」
声が響いてくる。間違えようのない、愛する妹の声。それはだんだんとこちらに近づいてくる。今度こそはという確信を持って、声の主は確実にトバルの元へ近づいてきた。
トバルは意を決して壁から離れると、前方に向けて最大出力で光源魔法を放った。
揺らめく光に照らされて、蝋のように真っ白な全裸の死体がそこに立っていた。
掠れた声で呼びかけるトバル。
「ナアマ……」
死体は、確かに笑った。空っぽになった真っ黒な眼窩をこちらに向けてくる。ぽっかりと開いた口から丸々と太ったドブネズミが飛び出した。
「おにいちゃん」
ひたひたと、死体は両手を差し伸べてトバルに迫った。腐肉の臭いが強くなる。
その左胸に、思わず彼の視線が引き寄せられた。
幾何学模様の、魔王軍の死霊術師団の焼印。
「うぉおおっ!!」
反射的に、トバルは切断魔法を放っていた。半狂乱になって、妹も見ず、彼は魔法を盲打ちして逃げ出した。
しかし、何かが足を捕えた。それは、妹の切断された左腕だった。逃さじと、万力のような力でトバルの足首を掴んでいる。
姿勢を崩したトバルは、水飛沫を上げて水路に落ちた。前日の雨で増水した勢いそのままに、水流は彼を死体やガラクタや汚物と共に地下の奥へ奥へと運んでいった。
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