別れてほしい

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別れてほしい

 仙台駅から地下鉄で16分。去年の秋の3連休を使って正は母である美優紀、そして時夫と3人で祖父・誠の家を訪れていた。誠の家は天井が高く、広い。庭には一杯のコスモスが咲いており、トンボがたまに遊びに来るのが見える。アパートとは違って下に別な人が住んでいる訳でもないから音を立てても怒られないし、のびのびと遊ぶことができる。そんな誠の家が正は大好きだった。 「正、もうすぐご飯だから手、洗ってきなさい」 「はーい!」  キッチンに立ってキュウリを刻んでいる美優紀に促されて正は洗面所へと向かう。その途中、部屋で2人の男の声が聞こえてきた。時夫と誠の声だ。 「なぁ、東条君」 「はい、お父さん」 「言いにくいんだが……美優紀とは別れてやってくれないか?」  誠の重い声がドア越しに正の耳へと入ってくる。 「別れてやってくれないか」  このワンフレーズが正の頭の中で重く響き渡った。 「君の歳は、いくつだね?」 「24です」 「ならいくらでも相手はこれから見つかるだろう。わざわざ7歳も年上の美優紀と生涯を添い遂げる必要はあるまい」 「しかし、私は美優紀さんを……」 「君は誠実そうな男だな」  誠が時夫の声を遮ってそう言う。それに対し 「え?」  と時夫は訊き返した。誠が話を続けるのが聞こえる。 「誠実そうだと言った。その証拠に、目が透き通っている」  暫く間が空き、また誠の声が聞こえてきた。
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