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サプライズ
時夫と正がよく遊ぶようになったのはこの後のこと。日曜の河川敷でのキャッチボールは勿論、あるときはヒーローショー、あるときは博物館と、時夫は手を替え品を替え正の喜びそうな場所をチョイスしていく。
勿論、成功ばかりではない。特に秋口に行ったキャンプは目も当てられないほどだった。根っからのインドア派の時夫はテントの設営にものすごく手間取り、場所をちょくちょく変えながら3回やり直してやっと建てられた。また、夕食のための火起こしがほとんどうまくいかず、近くにいた別のキャンパーから火をもらってくる始末。しかもその火ですらかまどで燃え広がらないという事態に見舞われた。それでも何とか夕食にはこぎつけたのだが……
「おいしくなーい!」
出来上がったカレーライスを一口食べた瞬間、正は口を尖らせてそう文句を言った。
「食べ物はな、他の生き物の『命』なんだ。いただきますって言葉は、その命を差し出してくれた生き物に感謝を込める言葉なんだ。だから、食べ物に文句を言っちゃいけないんだぞ?」
時夫は笑顔で、しかしぴしゃりと正をたしなめた後、自らもスプーンでカレーライスを口に運ぶ。
カレーライスを噛みしめるたびに、時夫の顔が曇っていく。
「正君……」
「なに?」
「……確かに、美味しくないな」
そう時夫がつぶやいた瞬間、
「でしょ?でしょ?」
正はそう言い、勝ち誇ったような表情を見せた。
そう。この日ハンゴウで炊いた米は蒸らしが足りず、一部ご飯に芯が残っていたのである。しかも火加減にムラがあったため焦げも混じっていたのだ。お世辞にも美味しく炊けたとは言えない状態だったのである。
「明日の朝は計画を変えて、卵雑炊にでもしようか?」
「そうね。それだと芯の残ったご飯も無駄にならないからね」
ばつの悪そうな表情の時夫に対し、美優紀はそう笑顔で答えた。
こうして時夫が試行錯誤を続けつつ正と関わる中季節は巡り、次の年の父の日を迎えた。
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