呪縛

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   そんな状況が一変したのは、彼女の妊娠が発覚してからだった。事前の検査で、お腹の子は男の子だと分かっていたのだが、無事出産を終えた美桜子さんと赤ちゃんが入院していた産院に、どこから聞きつけたのかいきなり美桜子さんの母親が尋ねてきたのだ。美桜子さんの赤ちゃんをひと目見た母親は 「○○そっくりだわ。ホントに○○そっくり。ありがとう、○○の生まれ変わりを授けてくれて」  そう言って、亡くなった兄の名前を連呼しながら喜び、そして咽び泣き続けた。母親の、昔と変わることのない兄への執着心に、美桜子さんは腹を立てるよりも恐怖を覚えた。  恐怖はそれだけでは終わらなかった。 「ホテルを取ってあるから」  と、東京に居ついた母親は、事あるごとに美桜子さんのマンションを訪れた。  兄の名前を赤ちゃんにつけるよう、母親はさんざん美桜子さんとご主人にごねまくったのだが、もちろん無視して全く違う名前を命名した。しかし母親は頑なに、赤ちゃんを「○○」と兄の名で呼び続けた。  おまけに美桜子さんの知らぬ間に、勝手に近くのアパートを借りてしまい、美桜子さんと赤ちゃんが外出しようとするたびに、偶然を装って後をついてきた。  最悪だったのは、美桜子さんが宅配便を受け取りに玄関に出て戻ってきた際、家に押し掛け上がり込んでいた母親が、自らの胸をさらけ出して、赤ちゃんにそれを吸わせようとしている姿を目撃したときだった。 「二度と顔を見せないで!」  美桜子さんの怒りは頂点に達し、ついに母親に決別を言い渡した。
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