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ちょうどその頃、美桜子さんのご主人のアメリカ転勤が決まり、美桜子さんと赤ちゃんも一緒に移住することになった。さすがに海を越えてまで母親は追ってこなかったが、毎日のように、謝罪の言葉やら恨みごとやら兄との思い出やらを、だらだらと綴ったエアメイルが届いた。美桜子さんはそのほとんどを、読まずに捨てた。
ある日、国際便で大きな段ボールが届いた。差出人は母親だった。
中には、子供服が大量に詰まっていたが、どれもみな随分とデザインも布地も古びた品に見えた。添えられた手紙には
『大切に取っておいた物です。○○に着せてあげてください』
と記されていた。死んだ息子の衣類を孫に着せろだなんて、母親はもう狂っているとしか思えない。美桜子さんは迷わず、箱ごとアメリカの大きなゴミ箱に突っ込んで処分した。
三年の駐在期間を終えて、美桜子さん一家は日本へ帰国した。それを待っていたかのように、ずっと体調を崩していたと言う美桜子さんの母親が他界した。
「正直、ホッとしたんです。これでようやく、母と兄の呪縛から解放されるって」
話を聞いて欲しいと、知人を通じて私に連絡をしてきた美桜子さんと、私は近郊のファミリーレストランで会っていた。
「……でも、ダメでした。私も息子も、今でもずっと見張られているんです。母と兄に」
「どういう意味ですか?」
母親の葬儀以降、息子さんと公園や児童館などで遊んでいると、遠くから視線を感じるのだという。
「気がつくと、息子と同い歳くらいの男の子が、じっとこちらを見ているんです。その子が来ている服が、私が捨てた兄の服なんです」
アメリカで捨てたはずの服を着た子が、日本の公園に? 見間違いじゃないのかと問うと、美桜子さんはスマホを取り出して私に差し出した。
「この写真を見てください」
スマホには、公園で撮影したと思われる画像が何枚も並んでいる。
「ほら、ここ、分かりますか? こっちは、この木の陰です。いるでしょ? こっちを見て。分かりますよね?」
拡大して見せてくれた画像には、確かに小さな子供が写ってはいるように見えなくもないが、ぼやけていてよく分からなかった。
「これ兄です。兄なんです」
画像を指差して、美桜子さんはうわごとのように繰り返す。
「兄が、私の子に乗り移ろうとやってきたんです。母が送りこんできたんです。助けて下さい。私、どうしたらいいんでしょうか」
人々が体験した怪異を文字にしてきている私だが、特別な霊能力があるわけではない。
美桜子さんが見たと言う子どもが、果たして、母親が導いた亡くなった兄の霊なのか、それとも母親に対する後悔の気持ちが見せた幻影なのか、正直私には分からなかった。
除霊師に詳しい友人を紹介するという約束をして、その日は美桜子さんと別れたが、その後彼女からの連絡はない。
【了】
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