一、構太刀

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 上着を着ながら云った。上着を着るのは勿論、人目に付かないようにするためだ。壁はヤだなあ冗談だよと空とぼけている。 「ハラ減ったな。なんかご馳走してくれよ」 「はい……」 「ホントお前、金持ってんのな」 「今更なにいってる」 「悪いな。ビフテキとか食いてえけど」 「ビフ……」  あんたいつの時代の人間だと壁は少し笑った。 「ビフテキなんつって、昭和だよ昭和」  これだから山育ちはと壁は長い顔をさらに長くする。山育ちは関係ねえだろとリョウはもそもそと反駁した。 「まともに学校行ってないからな」  額に浮いた汗を拭いながら呟く。 「学校行ってないことを理由にしては駄目だ」 「駄目か」 「駄目。知識がないことを恥じるのなら学歴云々ではなく、種々学ばなかったことのみを恥じるべきだ。その気があれば山でも海でも学ぶことはある」 「ほう。なんだか含蓄のありそうな言葉だな。墓のセールスやるより宗教作ったら?」  あ、それもいいねと軽い調子で乗った後、墓のセールスはしてないけどねと付け加える。おそらくはこのような軽薄な感じこそが壁の本領なのだろう。 「まあいいや。テキトーに買ってくる」  そう云い残して壁は立ち去ろうとしたのをリョウは呼び止め、煙草を無心した。壁が差し出した煙草を受け取り火を点けてもらう。     
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