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マスチフ系の犬みたいな顔をした店主は、いやぁ二時間ばかり誰も来てないねと団子のような鼻をフガフガさせながら答えた。
ああそうと、壁は未練たらしく店内を見回す。すると、
「店長、あれ」
壁は店の隅、レトロなピンク電話の設置された箇所に一番近い席を指差した。
食事の終わった皿とコーヒーが置いてある。コーヒーからは湯気も出ていた。
店主はアレアレなどと云っている。
壁はトイレを見に行ったが、誰もいなかった。
「食い逃げかい?」
「いやいや、注文受けてないよ。これ。つっか、誰も来てないんだってほんとに。だいたいこんな隅の席、よっぽど混まない限り人通さないしさ」
店主は慌ててそう云った。
壁はふうんと鼻を鳴らして、大きな掌で顎先を捻くった。
「いやね、ついさっき事務所宛に電話があってね」
この店にいるとのことだから俺は今ここに来ていると、壁はだらだらとした説明を店主に施した。店主はまるで理解の及ばぬ表情をするのみだった。
結局壁はなにひとつ得るもののないまま事務所に戻り、無意味に電話機を眺めた。数日間ここを空けていたが、その間もあの男は毎日電話を掛けてきたのか。だとしたら余程の閑人だろう。
それから二、三十分ほど無為な思索に時間を費やし、壁は一応念のため普段は使用しない電話の留守録ボタンを押して出掛けた。
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