三、毛羽毛現

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 気が向けば明日にでも戻ってくるつもりだった。  十日して事務所に戻った。  ドアの隙間には督促状が沢山捩じ込まれていた。そのどれにも目を通すことなく、まっすぐ机の上の電話機へ。留守録のあることを示すランプの点滅がある。壁はボタンを押した。  入っていたのは借金絡みの用件のみだった。  謎の男からのメッセージは一切ない。  ひとり苦笑いして椅子に身を落としたのと同時だった。 「まさか、な」  電話が鳴っている。  これで電話の向こうがあの男だったならば、まるで計ったようなこのタイミングは、 「もしもし」 『ああ、壁、マサルさん』  あの男だ。  壁は咄嗟に受話器を置き、室内に二面ある窓辺からあたりの様子を窺った。遠くのビルの一室から、望遠鏡でも使ってこちらを見ているものか。はたまた盗聴器が仕掛けられているか。  少なくとも目に入る範囲で異常は見受けられなかった。 「ああ壁だ、あんた名前は?」  とりあえず情報を得なくてはならぬと、壁は多少焦りを感じつつ言葉を返す。まともに答えるとも思えない。 『治水顎人(ちすいあぎと)と申します』 「チスイ、アギト?」  知らぬ名である。メモ書きにその奇妙な偽名を走り書きしながらも、歌舞伎の女形のような口調だなとそんなことを考える。     
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