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ペットボトルに半分ほどお茶が残っている。この事務所を間借りしていた奴らが、余程慌てて出て行ったものか、それとも。
ごみ箱には山盛りの紙束。
もう一度周りを見る。矢張り誰もいない。見渡した限り隠れる場所もなさそうだ。
「ん」
不意に鼻孔にものの焦げた臭いが届く。
ごみ箱から煙が一本上がっていた。壁は小走りに寄り、上から覗く。火の点いた煙草が燻っていた。
「チスイか?」
ぼつりと呟いて、壁はペットボトルのお茶を屑箱に掛けた。いい加減な消火をしながら壁は、チスイに翻弄されつつある自分に気付く。一度屋外に出て通りを隈なく探そうかとも思ったが、さすがにそれはよした。変わりに今晩の予定を変更し、取り敢えず事務所にいることにした。
アンノンに顔を出し、ポットにたっぷりのコーヒーとパン、それとゆで卵をしこたま作ってもらった。
相手の実体がまるで掴めないのだ、こちらはとことん受け身でいくしかあるまい。
事務所に戻ると、取り敢えずゆで卵を続けて二個ほど頬張り、嚥下しないうちにパンを口に突っ込んだ。口腔が人より容量のある壁は、他人が驚くほどに口にものを詰めることができる。
結局拳大のパンを八個とゆで卵を十個食べてやっと腹が膨れた。
ゆで卵に塩を振らなかったことを後から思い出し、最後に塩だけ舐めた。
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