三、毛羽毛現

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 ペットボトルに半分ほどお茶が残っている。この事務所を間借りしていた奴らが、余程慌てて出て行ったものか、それとも。  ごみ箱には山盛りの紙束。  もう一度周りを見る。矢張り誰もいない。見渡した限り隠れる場所もなさそうだ。 「ん」  不意に鼻孔にものの焦げた臭いが届く。  ごみ箱から煙が一本上がっていた。壁は小走りに寄り、上から覗く。火の点いた煙草が燻っていた。 「チスイか?」  ぼつりと呟いて、壁はペットボトルのお茶を屑箱に掛けた。いい加減な消火をしながら壁は、チスイに翻弄されつつある自分に気付く。一度屋外に出て通りを隈なく探そうかとも思ったが、さすがにそれはよした。変わりに今晩の予定を変更し、取り敢えず事務所にいることにした。  アンノンに顔を出し、ポットにたっぷりのコーヒーとパン、それとゆで卵をしこたま作ってもらった。  相手の実体がまるで掴めないのだ、こちらはとことん受け身でいくしかあるまい。  事務所に戻ると、取り敢えずゆで卵を続けて二個ほど頬張り、嚥下しないうちにパンを口に突っ込んだ。口腔が人より容量のある壁は、他人が驚くほどに口にものを詰めることができる。  結局拳大のパンを八個とゆで卵を十個食べてやっと腹が膨れた。  ゆで卵に塩を振らなかったことを後から思い出し、最後に塩だけ舐めた。     
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