三、毛羽毛現

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 つまりは、どこのどいつがこのような酔狂な真似をしてくるのか見当が付かない。対象が不特定多数過ぎる。加えて治水がいやらしいのは、今日日携帯電話に連絡を入れてこないことだ。これでは四階の昇降部に張って奴からの連絡を待つこともできない。  それにしてもどうやって暇を潰そう。  間を空けず連絡してきてくれれば問題ないが、二日も三日も放っておかれてはさすがに参ってしまう。  日が替わり、ほとんどピン箱だった赤ラークを吸い潰した頃さすがに我慢にも限界がきた。時計を見れば二時半。壁は椅子から立ち上がると、緩慢な動作で斜めに傾いだ伸びをした。背骨も腰骨も鳴らず、何故だか右足首がぴりっと鳴った。舌の表面も粘ついて、なんとも不快である。  酔狂もほどほどにと、壁は帰り支度を整えた。自宅はこの事務所からは結構な距離がある。  電話が鳴った。 「あいかわらず抜群のタイミングだ」  壁は受話器を取った。電話向こうの周囲の音に意識を向ける。  ふん、と鼻から息を出し、 「壁、マサルです」  と治水の決まり文句を先んじて云ってやった。  電話の向こうは無声音で笑っている。  間違いない、治水顎人だ。 「あんたもなかなかしつこいね」  しつこくするのはそれなりの理由があるんですと、治水はなんとも血の気の薄そうな声質で云った。 「是非聞きたいね」 『そうですか』 「交換条件といこう。あんたがその理由とやらを話してくれたら、俺も鳥辺トモの連絡先を教えよう」     
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