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「ふ……」
涎を拭う。
「ふざけやがって……」
汗が吹き出してくる。
馬鹿野郎、なめんな畜生と繰り返し悪態をついて、壁は事務所に戻った。
あらためて仕事鞄に持ち帰る物を詰めていく。
手が止まった。
壁の二つ折り型の携帯電話が開いていた。
壁マサルとは存外几帳面な性格で、携帯電話を開きっぱなしで置いておくことなどまずありえない。
やられた。
治水は壁の携帯電話のメモリーを見んが為、実に回りくどい方法で、徐々に壁に近寄る風を装い、この部屋を開けさせた。壁は治水の思惑通り術中に嵌まったのだ。
携帯電話はしっかりと鳥辺トモの頁で省電モードになっていた。
この証拠の残し具合は意図的なもののように思える。治水とはそんな男だと、壁は思う。
一応知らせておくべきだろうと、壁はそのまま通話ボタンを押し、件の元恋人に別れて以来初めての電話を掛けた。素直に出てくれるといいが、最悪今は留守録にでもメッセージを残しておくべきだと思っている。
「着信拒否もあり得るか」
その心配は杞憂に終わった。本人が出ることこそなかったが、壁は留守録に矢鱈に早口で用件を吹き込んだ。
チスイアギトという名の妙な男から電話が来たら警戒しろ。
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