三、毛羽毛現

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 天井近くをふわふわと舞う羽虫を何気なく眺め、明日も朝が早いことを思い出す。  寝不足で体調を崩したことはないが、表面的な機嫌が悪くなることがあるらしい。らしいとは、つい最近派遣先の人間に指摘されて気付いたことだからだ。  自分の機嫌と仕事の能率が比例しているとは思わないが、そう指摘されて以来トモはそうしたことにも気を遣うようになった。自分も少なからず人との関わりで生きているのだと過去の出来事で思い知らされたことが、彼女にそのような変化を齎していた。  意思の力よりも、日々に於いて必要に迫られることで、人は変わっていくものであるようだ。  取り敢えず寝ようとトモは立ち上がった。  ふっと鼻に嫌な臭いが届いた。トモは口を引き結び、眉間に皺を寄せた。  黴。  このアパートに越してきた時からそれは気になっていた。引っ越した当初、水回りや押し入れの中など注意深く見てみたが染みひとつ見つからなかった。ただ、時折鼻に届く臭いが酷く不快だった。  それと関係しているのかはわからないが、最近では喉も痛い。  思っていた以上に練習がきつかった為、煙草は劇団に入った時点でやめた。もっともその禁煙もつい最近のことであるので、健康な喉や肺に戻るのはまだまだ先のことだろう。     
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