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両目の位置に穿った穴を塞ぐように布を巻き付け、それでも足取りは普通人となんら変わることがない。それ故か日中町中を歩いてはかなりの頻度で様々の人に声を掛けられる。最初はそれでものらりくらりとかわしていたが、それも次第に面倒臭くなり、やがて昼から夜へ、そして大きく街を外れて生きるようになっていった。
夜とて気楽というわけでもないが、昼間の煩雑さに比べれば断然ましだった。
これではまるで夜道怪だと思っている。
どうして自分には両目がないのだろう。
それ以上に、
どうして左腕に夥しいばかりの眼球が溢れているのだろう。
大小、大小大小、実にたくさん。その目ん玉のほとんどはしっかりと機能している。だから彼は、奇態な外見をし、顔面のふたつがなくとも世界を見ることに不自由しない。
この目玉の群れが彼が父親を探す最たる原因だ。
「実父。ジップジップ」
音が面白かったので繰り返す。無論回りに誰もいないので、これは空しい独り遊びだ。
父を見つけてどうするのかはまだ決めていない。もしかすると父のその姿を見ただけで納得できるのかもしれない。いずれにせよ、今彼が呼吸を続ける理由はそこにしか求められなかった。生きる目的を憎しみにも似た感情に仮託せねば、もしかすると立ってさえいられないかもしれない。
土の蒸れた匂いと、葉の腐った匂い。
夏の夜気の匂いだ。
月は冴え冴えとしていて、力強く生い茂る樹々の葉を蒼い光で濡らしている。
腹が減っていた。それ以上に足が疲れていた。
とにかく夜露を凌げる場所を探す。
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